親の死と向き合う上で大切なこと

愛媛のしまなみ海道で島ぐらししてますムラカミです。東京からUターンして築60年270㎡の古民家から遺伝子レベルの豊かさ発信してます。

 

(初稿2017年7月25)(リライト2017年11月26日)

 

『親の死』『つらい』などで

検索されてこの記事見ている方が多いですね

ぼくがブログを始めた時の第1発目の記事です

読みやすいようにリライトしました

 

※一部過激な表現と思うことがあるかもしれませんが当時の反動のせいだとおもってください笑

 

 



2017年5月27日22時50分

 

 

おとんが亡くなった日付と時刻なんですねこれ

享年は70歳

ぼくは現在27歳

周りからは

 

「早くに亡くして大変ね、つらいね」

 

と言われましたがぼくはまったく思ってないんです

世の中には親を亡くした「若い人」というものはたくさんいます

 

しかも急に交通事故とか

ぼくの場合は『そのとき』まで人より時間があったのでゆっくり見送れました

 

親を亡くして立ち直れない人が多いみたいですがぼくにはわかりません

(当時のぼくの心境、反動もあったのかもしれません)

 

悲しい気持ちがなかったわけではないですが

わりとすぐ出かけたり遊んだりしました

 

なんでそうおもったのか

親の死を経験して

 

 

ぼくも死ぬとおもったからです

「人って死ぬんだな」

目の前の大切な人を亡くして気づいたんです

だから周りの人の死にふさぎ込んでいるヒマはないなと気づきました

ぼくのおとんは、10ヶ月間肺炎で闘病しました

実はそれまでに

25年間人工透析をしてました

10年前には肺がんも見つかり、腎不全、肺不全、心不全、ガンと病気のオンパレードです

小さい頃からぼくは

病気でいつ死んでもおかしくないおとんを心配し

逆に

 

健康な他人の親

週3回病院に通わなくていい親

特に入院もしない親

いつでも元気に会える親

をもつ友達を見て少しうらやましいと感じてました

 

おとんの病気を知られまいと話題をかえたり、家に呼ばなかったりと

子供なりに無駄なを努力して

何か辛いこと、きついことがあると、結構な頻度で

こんな家庭環境に生まれた自分を悔やんでたときもありました

 

 

 

IMG_4875

 

 

日に日に死に近づくおとん。

 

そんなこんなで10ヶ月弱っていく父親をみて考えたことは

目の前の現象を

いちいちできない理由にするな

ということでした

子供のときはいちいち自分の家庭事情に逃げたりしてました

大学生とか社会人になってもそんな癖があったと思います

楽なんですよね

「父親の病気」とかって。

 

周りからすると、絶対大変って言われるから

それを理由にすると目の前のことから逃げやすいんです

おとんの病気と戦う姿。

 

IMG_4491

自発呼吸じゃ酸素が足りないので

「気管切開」

「人工呼吸器」

を挿入してベッドで寝たきり

これを毎日みてたときにハッと気づきました。

 

「ぼくが悲しむために」

 

こんな姿になるまで必死に生きている訳ではない

 

まだ

 

「ぼくの姿を見てたいから」

 

こんな姿になっても必死に生きてるんだよなって

そう考えるようになりました

 

 

 

 

だからぼくは入院中も楽しそうに生きました

だからぼくは亡くなったあとも激しく遊びました

 

もし

「親の死を周りはもっと気にしてくれない」

とか

 

「じぶんはこんなに辛い思いをしてるのに」

とか

 

そんなことを思ってたら

 

 

それは大きな間違いです

 

人はそれほどあなたのこと見てません

人はあなたのことを気にかけるほど余裕がありません

 

卒業アルバムを久しぶりに開けて見るときに一番最初に探すのは誰でしょう

 

自分ですね

 

みんな結局自分好きなんです

 

他人の親の死をずっと考えている人なんていません

気持ち悪いですそんなの

 

みんな自分のことで精一杯

 

だから親の死で立ち直れないや引きずるようなことは即やめて

自分が楽しいと思うことをひたすらさがしてやりましょう

 

そんなあなたの姿を見て人は勇気をもらうんだと思います

 

親が死んだのにお気楽野郎だなと思われて正解です

IMG_0083

親を亡くしたときに大切なこと。

 

 

それは

 

より強く生きること

 

小さい子供でも強く生きてる子ってたくさんいますよね

ほんとに尊敬します

そしてより強く生きるということは

今の自分の「人生を振り切って楽しく生きる」こと

 

ぼくは天国からおとんがみて

「少しは悲しめ!」

ってツッコミを入れられるくらい楽しみます!

 

そんなぼくのブログ1発目を読んでいただきありがとうございました

一緒に人生楽しみましょう。

 

 

 



まとめ。

 

と、まぁ強気に書いておりますが

おとんが亡くなってちょうど6ヶ月になります

 

夜泣いた日と泣いてない日があれば

半分半分くらいでしょうか。

 

釣りしながら

「もっと一緒に釣りたかったな」

と思いながら海水じゃないしょっぱいものを感じてました。

 

 

 

6ヶ月経ったときに思う

 

「親の死と向き合う上で大切なこと」

 

自分の感情に正直になること

 

です

 

「考えたくない」と思えば遊べばいいです

 

「後悔ばかりだ」と思えば何を後悔してるか考えればいいです

 

「明るくいたい」と思えば演じればいいです

 

「泣きつきたい」と思えば泣きつけばいいです

 

 

ぼくはおとんの遺骨の灰を少し海にまきました

海をこよなく愛した人でしたから生前いつもまいてくれと言ってました

海をみてるとおとんがそこにいる気がします

 

亡くしてから海によく行くようになり釣りが大好きになりました

 

そう思うとある意味「逃げる」のも次の何かにつながっているように思えます

 

誰かの言葉に

「すべての出来事はベストなタイミングでやってくる」

というのがあります。

 

そう考え始めたら親の死という誰にとっても辛い体験

これからの自分にどのような意味をもっているのかわかり始めました。

 

つらくてたまらない人は

少し自然を感じる場所で休んで

自分の感情を「1つずつ」整理してみても良いかもしれませんね。

 

 

 

親との残り時間について考えた記事はこちら。

 

【親との時間は残り55日】親の死を経験したぼくが思う親を亡くす前にしておきたい7つのこと。

 

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大人になって釣りを始めた初心者が気づいた釣りがもたらすデメリット

 

移住初心者にはおすすめできない来てしまったら最後、島ぐらしの現実。



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